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History History
<生い立ち>
 母親の影響で、小学生の頃から軟式テニスを始める。その後、硬式テニスへ移行することになるが、幼少時代は、軟式と硬式テニスの両方を楽しむ。軟式テニスでは、全国小学生大会において第3位という好成績を残す。この時、フォア、バックハンドともに、両手打ちという変則軟式テニスで一躍有名となる。現在の選手のテニススタイルの原形といえる。

 中学入学と同時と、硬式テニスに専念し始める。中学・高校は、かつてテニスの名門校であった四天王寺へ入学し、テニスの腕を磨き上げる。温和な性格とは裏腹にクールなテニスはこの頃に培われる。しかし、中学後半から高校前半にかけて、甲状腺の病気を患い、長期療養を余儀なくされる。一時は選手生命を危ぶまれる状態であったが、次第に復調をみせ、'98年のインターハイでは、単、複、団体全てにおいてベスト4、そして、'99年の高校最後のインターハイでは、団体優勝、複準優勝の活躍をみせる。

 大学は、専修大学経済学部へ入学し、学業とテニスの両立を図りながら、プロツアーへ参戦し始める。大型の海外選手と対等に戦っていくため、技術練習に加え、専門的な体力トレーニングを導入し始める。そして、'01年のインカレインドアでは単優勝、'03年の大学最後のインカレでは単準優勝を果たす。また、同年には日本代表としてユニバーシアード(テグ)大会に出場し、複で入賞を果たす。

 '04年、大学卒業と同時に、プロに転向。テニス選手としては、異例の遅咲きのプロテニスプレーヤーとなる。この年は、全日本選手権において、細長い手足をフルに使い、持ち前の緩急自在のテニスを駆使して、単と混合の両方においてベスト4へ入る活躍をみせる。

 '05年に入ると、練習中に足を痛め、手術を受ける。リハビリの末にツアー復帰を果たす。思うようにテニスができない中、この年、自身2回目の日本代表として出場したユニバーシアード(イズミル)大会において、複と混合の2種目において銅メダルを獲得する。

 '06年のツアー戦では、年間を通じて、複を中心に優勝(1大会)、準優勝(1大会)、ベスト4(6大会)という安定した成績を収めている。

<オフはどのように過ごしていますか?>
 オフの時には、実家の近くの温泉にいったり、旅行にでかけたり、おいしいものを食べに行ったり、テレビを見たり、音楽を聴いたり、読書をしたりして、ゆっくり過ごしています。そして、とにかく、良く食べて、マシンガントークをしてストレス発散します。最近では、ゴルフの打ちっ放しと”滝”を見ることにかなりはまっていますね。ゴルフをするとスカッ〜とするし、激しく流れ落ちる滝を見ていると、自然からエネルギーを得ているような気がしてわくわくしてくるんです。

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